【安仁屋さん×正田さん③】麻雀と野次と“事件”の話!・・・爆笑レジェンドエピソード!

レジェンド安仁屋宗八さん、正田耕三さんとの3ショットトーク第3弾!

00:03 麻雀の話
03:28 ON、OFFの切り替え
05:50 ヤジられた話
09:00 広島初優勝の映像
10:13 次回予告

今回も、豪快で痛快な「ザ・昭和」なプロ野球の話題が次々飛び出します!

「しかし安仁屋さん、よう麻雀やりましたよね(笑)。僕ら新人をパシリにして」
「そうやな。俺らもそうやったからな(笑)。カープはまだいい方。●●(←球団名)なんて、もっと・・・」

「それと、ようヤジられましたよね、広島では」
「そうやな、いろいろ言われたな。広島と●●(←球場名)はとくにすごかったな」
「おみゃーら、おみゃーら言われましたよね♪(笑)」

今回も聴きどころ&爆笑ポイント満載です!!

どうぞ最後までご覧ください!

<安仁屋宗八(あにや・そうはち)> 1944年生まれ、沖縄県出身。中学時代より本格的に野球に打ち込み、沖縄高校(現:沖縄尚学高校)に進む。62年に沖縄勢として初めて甲子園に出場を果たす。社会人野球を経て64年に広島東洋カープに入団。沖縄出身プロ野球選手第1号となる。サイド気味のスリークォーターから投げるシュートなどを武器に巨人キラーとして活躍。その後阪神タイガースへの移籍を経て再びカープに復帰。現役通算18年で119勝を挙げた(124敗)。最優秀防御率1回、カムバック賞1回。現役引退後は広島で投手コーチ、二軍監督などを務めた。酒豪にしてギャンブル好きでもあり、さまざまな伝説も持つ。

<正田耕三(しょうだ・こうぞう)> 1962年生まれ、和歌山県出身。和歌山商業高校、新日鉄広畑を経て、1984年にドラフト2位で広島東洋カープに入団。古葉竹識監督の勧めでスイッチヒッターに転向。1986年には二塁手としてレギュラーに定着し、翌年からは上位打線で活躍。首位打者2回、盗塁王1回、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞5回と、1998年に現役引退するまで広島の主力選手として活躍した。現役引退後は広島、近鉄、阪神、オリックス、韓国のハンファ、起亜などでコーチを務めた。

【野々垣武志(ののがき たけし)プロフィール】 1971年生まれ、奈良県桜井市出身。1989年にPL学園からドラフト外で西武ライオンズに入団。1995年にトレードで広島東洋カープに移籍し、代打の切り札として活躍した。引退後はPL学園の先輩である清原和博の運転手兼秘書を務め、同じくPL学園の先輩である桑田真澄が主催する野球教室でコーチを務めた。現在は西武ライオンズレディースの打撃コーチ、野球指導者、YouTuberとして活躍している。

#野々垣武志
#安仁屋宗八
#正田耕三
#広島東洋カープ